ふえおじ練習日誌

何故笛を吹くの?

心が落ち着くからさ。
気が狂ったように吹き続ければ、いやなことなんてすぐ忘れちまうぜ!

3本のリコーダー(ソプラノ、アルト、テナー)を持って路上で吹いています。

花の都 大東京

どうも(;`Д´)y━~ボクですw


今日のみゆき


愛より急ぐものが どこにあったのだろう
愛を後回しにして 何を急いだのだろう
甘えてはいけない 時に情けはない
手放してならぬはずの 何かを間違えるな
振り向く景色は あまりに遠い


「慕情」より。


ドラマ「やすらぎの郷」のテーマソング。
今日のみゆきのコーナーで使う歌詞は
その後の日記の内容と、リンクするものもあれば、リンクしないものもあります。
今日は一応リンクする方で。


さて本題。


それは母とのメールのやり取りからでした。


私「今度の土日休みやけん、そっち帰ろうかなって思ってる」
母「私その時、東京に行ってるからいないよ?実家には父と猫だけだけどよかったら」
私「・・・・・また来月にしますね」


父のことが嫌いというのではなく、父と二人きりで過ごす時間が耐えられないといいますか・・。


そしたら母からこんなメールが返ってきました。


「あんた東京いく?飛行機代とホテル代出すけん」



い・・いきますっ!!


かくして東京行きが決定しました。


さて出発当日。
前日は夜中まで仕事。
急いで帰って風呂入ったり飯食ったりしていたら、当然朝の4時5時になりますよね?
飛行機の時間は朝の9時。
家から空港まではだいたい1時間。


と考えれば、7時半には家を出ないといけません。
はい、寝ずに東京行きが決定。


空港には時間前に到着しました!



が、飛行機の機器トラブルで出発は30分くらい遅れが発生。
羽田に着いたのは11時半ごろ。


京急に乗り、


ここでJRに乗り換え。
着いたのは東京都町田市。
ここで母と姉1号(セレブ)と合流。


軽く飯を食って
タクシーに乗って向かったのはとある高齢者施設


母方の祖母がここに入所していました。
母は水曜日あたりから町田のホテルに連泊し、ほぼ毎日こちらに顔をだしています。


ずっと東京で一人暮らしをしていた祖母。
御年99歳。


足腰が悪くなり自力で歩くことができず車いす生活。さらに認知症を患い時々誰が誰かわからないのだそう。



母から「あんた行ってもわからんかもしれんよ?」とは言われていたのですが
職員さんに連れられて私の顔をみた祖母


「あら?だんだん。(仮名)ちゃん!?」


すぐにわかってくれました。
祖母の手を握ってみたらなんだかとても冷たくて、とても小さくて。


とりあえず2ショット


「あんたおじさんになったねぇ」とか
「お父さんには似てないわねぇ。H(母の弟つまり私の叔父)にも似てないわねぇ」
という話を何度も何度も。


終始おだやかな顔をしておりました。
祖母に会ったのは、6年前。


仕事で1週間ほど東京にいたときに世田谷のアパートで独り暮らしをしていた祖母の家を訪れたときでした。
その時から認知症の症状はちょいちょい出ていて
母が火を使うと危ないとレンジで調理できる食材を送ったりしていました。



いろんな入所者さんたちがテレビを観たり、子供用のパズルで遊んだり
とてもゆったりとした空間でした。
職員さんたちもとてもお優しそうで、感謝いたします。


40分ほど滞在して、町田駅に戻る
ホテルにチェックインして1時間ほど仮眠してから。


小田急に乗り新宿へ。


叔父一家と会食。
叔父一家と会ったのは私が高校に上がる前に寝台列車に乗って一人で東京へ向かった時以来です。


叔父は鉄オタで各所を廻っていて、私の鉄の血はこの辺りからでしょうか。
この間定年退職を果たし、家族を置いて日本を旅してまわっていました。


まぁそのあたり、趣味に没頭し祖母のことも奥さんにまかせっきりで、娘2人からは非難轟轟でしたが、それなりに叔父一家は仲良しです。


新宿の居酒屋で待ち合わせ。
先に私たちが到着。


次に叔母と従妹が到着。遅れて叔父登場。


さてこの場面の登場人物。


姉1、母、叔母、従妹1、従妹2、叔父、私。
女性陣5人に男2人。


普段営業でバンバンしゃべる姉1が場を取り仕切りほぼほぼ女子会。
私と叔父は多分似てます。どちらもマイペースでぎゃんぎゃん言われてもヘラヘラしてる側。


寝不足だったから食事もそこそこに寝てしまっていました。



11時過ぎに別れ、町田に戻り1夜を過ごしました。


ホテルはフロアの違う3部屋で。この時とばかりに全裸で寝てみたりしましたw



朝起きて、再び祖母に会いに。
午前中だったので眠たくて目が開かない祖母と少しだけ話して、
町田から新宿で乗り換え東京駅へ。


お土産を購入し、朝食兼昼食を食べ。


姉は4時の飛行機で福岡に戻るらしくここで姉と別れ、母と二人ではとバスに乗りました。



バスは一時間ほど皇居、東京タワー、レインボーブリッジ、歌舞伎座などを1周するコース。


東京駅に戻りました。



姉から旨いものでも食えと1万円を渡されたので二人で
東京駅近くのデパートの食堂街で食べ放題の店に。



福岡は航空法の関係で高いビルを作れません。


だから東京のように上に上に!みたいなのがないんですよ。
東京から中央本線で町田に戻る母と別れ、私は山手線で浜松町へ。
モノレールに乗って羽田空港に戻りました。
浜松町は以前仕事で1週間滞在したホテルのある場所でした。



そして19:50発の福岡行きで福岡に。
帰る途中でお土産を渡しに彼氏の家に寄りいろいろ話して終了。


今回母に出してもらった飛行機代とホテル代。
「あんたもうすぐ誕生日やん!?だけんそれ」と言われました。
本当にありがとうございました。



祖母の穏やかになった顔を見れてよかった。


東京大空襲を経験し、金持ちと結婚し2児(母と叔父)をもうけ、その後離婚してシングルマザーとして二人を育てあげた後はずっと一人暮らしをしていた祖母。


うちの父とは反りが合わず。頑固に東京から離れず生きてきた祖母。


今回で祖母がどんな人だったのかよく知ることができました。


きっといろいろつらいこともあったでしょう。
でも、施設でぼんやりと外を見ている祖母の穏やかな顔。
職員さんに聞けば、ずっと私のことを話していたそうです。



おばあちゃん・・本当にありがとう。


東京はとてもキラキラしていました。


では願わくばまた明日☆彡